Que Sera ,Sera

日々雑感、職場ネタ、日常系ブログ

職場の配置替えは定期的にあるとうれしい

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9月に入ってから職場で配置換えがありました。ある人の意思と言うか、ある意味我儘みたいなもんだと思うんですけど、その人の思うように進めていくために席替えをしたみたいです。

 

社員は発言したもん勝ちですねぇ。。という嫌味は置いておいて。

 

実はこういう配置換え、わたしはきらいじゃなかったりはします。別に席替えしたからといって、わたしの立場とか存在意義が大きくプラスに変わるわけでは全くないんですけどね。

でも、配置換えの何が良いかって言ったら、やっぱり見える景色が違う点です。自分だけじゃなくて、まわりとの関わり方が変わっていくのが面白い。今まで凄く気が合って話してていい人だなーって思ってた人が、席替えして遠くなったらほとんど話さなくなったりとか。逆に、第一印象で話しづらそうに見えた人が隣の席になって、案外気さくに話せるようになったりとか。

 

人の心って環境次第でころころ変わるもんだな、と思います。でも残念なのが、今の部内の人たちのほとんどの特徴をわかっているので、席が遠かろうと近かろうとも、心理的に大きな変化は感じなかった気がする点です。あ、1人残念な方向に印象が変化した方はおられますが。(諸悪の根源)

 

 

苛々するとどこか遠い場所へ旅をしたくなるのですが、そういう「新鮮な感覚」をたまに実感したくなります。刺激って、大事です。

 

何も言わない男 vs 何か言わなきゃ気が済まない女

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今の職場に入って1年数か月。「仕事楽しいです」とかお花畑なこと言っていられた時期が懐かしくて愛おしい今日この頃である。

 

「何も考えてないのと、思ってるけど言わないでいることは全然違うわボケ」と思いつつも日々が過ぎていく。不満は雨水が徐々に強くなっていくかのごとく、たまってきている。しかしわたしは、自分の部署内の人にすべて曝け出したりするのは絶対にやめようとは思っている。

そんなことしたってぜったいに誰も助けてはくれない。何が正義かなんて関係なく、結局退職するように仕向けられるのだろう。契約社員は不利だ。そして、のうのうと無責任に生きている正社員は屑みたいなものだ。虫けらだ。

 

こういう感覚は女性特有なのかはわからないが、わたしは「言いたいことが言えない」というのにわりとストレスがたまる。さりげなく毒を混ぜた切り返し方をしてしまうことはあって、「ちょっと言い方きつかったかな?」とか後で反省することもあったりなかったりする。まぁ男性はあんまり気にしないから、はっきり言いますが。そもそも鈍すぎるわ、こっちがキレてることに気づけっつーの。

 

わたしはいわゆる、「言わなきゃ気が済まない女」である。ところがどっこい。

まわりは男性の方が多いのだが、男性はと言えば「ほとんど何も言わない」人が多いと思う。「言わない」のか「言えない」のかの違いもあるだろうが、そもそも「何も考えてない」というのが正解かもしれない。

 

たとえばなんですけれども、同じグループの人が「今日は休みます」と連絡してきたとする。当然、上の立場の人に連絡が行く。上の人は電話口で「了解~」とか言って切る。その後は何もせずに淡々と時間が過ぎる。

はぁぁぁ??と思うのはわたしだけなのだろうか。

わたしは気が付いたら「そういえば○○さん来てないけど、休みですか?遅刻?」とこちらから声をかける。その段階で「遅れるって」とか「今日休み」とかって言われるわけですけど、同グループ内で仕事している人が遅刻なのか欠席なのかはわかった時点で仕事に支障がありそうな人とかには伝えた方が良いと思うのだ。

だけど、それをしない。男性脳ってたしかに自分一人で解決したがるって聞くけど、そんなにまわりに配慮できないほどの複雑怪奇な構造してんのかよ!と突っ込みたくなる。しかし、他の部署の電話対応得意な男性は決してそんな感じではないから、やはり上の立場に立つ人特有の個性とかなのだろうか。年寄りはやっぱり頭がオカシイのかもしれない。(おっと、これも言い過ぎかもしれないが)

 

他にもイライラする瞬間はあって、仕事での引継での説明だったりとか、何かしら体制が変わることへの説明だったりとか。何言ってんのかわかんないことが多いですね。説明不足だし、聞いてる相手へ対する配慮もない。「大丈夫?」みたいな心配の声をかけることすらない。こっちは頑張って理解しようと必死なんですけど。

 

 

いろんな事情があって、泣きたいの我慢してる時がありました。孤独で悲しい気分の時もありました。理由もわからずとにかく苛々してる時もありました。誰も声をかけてくれなかった。助けられたって思ったことなんて一回もないです。

でも、気が付いたことがあるんですよね。わたしも、『まわりに求めすぎ』ていたんだなということに。悪いなーとは思ってるんです。たぶん表情に出してる時もあったと思いますし、話し方がきつくなってる時もあるはずです。「あぁわたし、『言わなきゃ気が済まない女』なんだなぁ~」と。

 

あんまり言いたいことそのまま言えた経験はないんですけど。オブラートに包んで、上手に伝えられたらいいなとは思います。そんで、上手く関係性を築きながら、自分のなかのマイナス感情を手放して昇華できたらいいのになーと願う今日この頃であります。

 

 

サクッと読む・綿矢りさ著作「ウォーク・イン・クローゼット」

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お盆休み中。せっかくなので、この時間を利用して資格試験の勉強をしています。

が、図書館で本を数冊借りたので勉強の休憩中にちょこっとずつ読んでいる。

 

綿矢りさ氏の「ウォークインクローゼット」

 

 

2編の話が収録されており、ひとつは「いなか、の、すとーかー」、もうひとつが表題の「ウォーク・イン・クローゼット」。読んでて思ったんですけど、なんていうか、この著者さんはあんまり成長しない印象があるんですよね。外見的にも内面的に(作家として)も。ずっと可愛いアイドル的立ち位置にいて、そういうのを踏まえた上で自分の経験をベースにしてエンタメ的に仕上げてる感がどれもあるというか。

 

「いなか、の、すとーかー」は、もろ彼女自身の経験から来る発想の話かなと思いました。主人公は陶芸家の男性で、情熱大陸のようなTV番組に出演する。メディアで取り上げられたことによって、元々自分のストーカーをしていた女が郷里で使っている工房へ来ちゃったり、嫌がらせを受けたりする。幼馴染の女の子や学生時代の同級生との関係性も相まって、最後の方の修羅場はなかなか面白いです。ストーカーを取り上げている話なのに、どこか拍子抜けするような空気感を感じます。

 

以下引用

 

ほしくてつかんだのではなく、任されたから一生懸命する。どんな仕事でも、全部自分で手に入れて、自分一人で守っていかなければならない、と思い込まないようにしよう。

 

もうこれは、凄く分かる気がするんです。わたし自身も職場でそういう仕事の仕方をしているからかもしれないんですけど。立場としては、仕事を与えられることの方が圧倒的に多いわけだから、とりあえず来た仕事を頑張る、でも無理はしない、みたいな。だから、余裕ないときは断りますし、他の人に頼んだりもする。この仕事環境を選んだのは自分なんだ、この仕事は自分にしかできないんだとかっていう考え方は20代とかだったらもっと強かったのかもしれないけど、今はもうないですね。たまたま面接してもらって、たまたま面接官だった部長がわたしを気に入ってくれたってだけのこと。

ただ、チャンス(機会・タイミング)を自ら掴んだことは確かかもしれません。

 

著者自身も、作家としてこういう感覚で今は仕事をしているのかなと、感じます。

 

 

「ウォーク・イン・クローゼット」は、女性同士の友情とか男友達とかそんな関係性を描いてます。服に関する考察はありませんのであしからず、ってところだろうか。でもまぁ、主人公がテンプレのごとく口説いてくる男性陣を冷めた感じで見ているところが、非常に面白いです。既婚男性に騙されるところなんかも、何かこの子、若干ムカつくけどそこも可愛いんだろうなと想像する。女性からは滅多刺しくらいそうなほど嫌われるんだけど、男性には受けがいいみたいな印象です。(苦笑)

 

しかしいまいちわからないのは、だりあと仲良くなるきっかけだ。こどもの頃の描写はいったい何なのだろう。だりあの子供時代は暗かったということを伝えたいがためのエピソードだったのだろうか・・・。そういう意味では、「いなか、の、すとーかー」に比べると薄っぺらい感じがしてしまいます。

 

 

綿矢さんはひさびさに読んだけれど、何も考えずにさらっと読めるので、休憩タイムにはちょうど良かったです。

サンダル

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この時季、オフの時はもっぱらサンダルで外出。

 

サンダルがなんか好きです。でもオフィスには履いていけない。

オフィスで履けるサンダルとかあればいいんですけど、オープントゥって職場用ではない気がするし・・・。

 

ラフな格好は楽で良いです。

 

夏の水色トップス

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水色のトップスを2枚持っている。

夏は優しい色合いの水色がとても恋しくなる。

 

普段は白・黒・グレーなどモノトーンばかりなのだが、色味を足すときはだいたい水色かキャメルを入れている。ピンクは可愛らしいし好きだが、わたしには似合わない。イエローもイマイチ似合わない気がする。グリーンはちょっとファッションに取り入れるには難しい気がする。カラフルな服は見ている分には楽しいが、実際に自分が着るとなると躊躇ってしまう。

 

水色とキャメルの良いところは、オンでもオフでも使いやすい点だ。オフィスで着ていても違和感がない。そして、色合いが優しくて癒される。これは心理的にけっこう大事なことだと思っている。自分が着る服の色って、まわりに与える影響よりも、自分自身に与える影響の方が大きいのだそうだ。

 

お昼休みの過ごし方

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わたしはMonday To Friday、会社勤めをしている。お昼は大抵お弁当を持参する。疲れてるときは無理せずにコンビニで買ったり食べに行ったりもする。弁当持参可能な食堂のある他の建物へ行ったり、職場内の小さな休憩室で過ごす。最近はデスクでそのまま食べることもある。始業時間と終業時間は決まっているが、お昼はいつでも取れるフレックス制なので、各自のタイミングでお昼を取るのだが、これは非常に良いシステムだなと思う。

他の女性とタイミングがかちあえばご相伴に与らせていただくこともあって、自分の愚痴をこぼしてみたり、他部署の人の話を聞いてみるのも楽しい。でも大体は一人で過ごすことが多い。

 

食事を終えたら、検定試験の参考書を広げたり、小説を読んだりする。あるいは、メモ帳にひたすら感情吐露してみたりブログネタを書き連ねてみたりもする。だけどたぶん一番ほっとするのは、「何もせずに」ひたすらぼんやりしている時である。わたしはこの「ぼんやり」時間がとても好きである。世の中には、常に動いていたい・予定を計画で埋めたい派と、計画など立てずにふらっと自由に過ごしたい派がいると思うが、オフのときのわたしは断然後者である。

 

人間の脳って何もしていない・考えていないときにも働いているのだ。これを、『デフォルト・モード・ネットワーク』と言うらしい。ストレス解消とか創造性を上げる効果があるそうです。確かにぼーっとすると、疲れが取れる気がする。

 

 

素爪 vs ネイル

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基本的にネイルとかしない方だ。

たまにトップコートを塗ったり、薄いピンクのマニキュアを塗る程度。装飾したり派手な色付けをしたりはしない。100円均一でデコとか売ってるけど、ああいうのを自分自身の爪にのせることには興味が湧かない。

 

別にネイルの存在自体を嫌ってるわけじゃない。それ自体は可愛いと思うんだけど、自分の爪にのせることを想像した瞬間に可愛いと思えなくなる。何でだろう。

 

ネイルをしている女性の爪をちらと見て、「あ、可愛いね~」と言うことはあるが、ネイルサロンに行ったり自分で道具を買ったりする手間とか金銭面のことを考えると萎えてしまう。めんどくさいというよりも、そこにかける時間とかお金に見合った結果が得られるとは思えないからである。しかも、マニキュアとかネイルって結局剥がすことになるわけで。だったら初めからしなくても良い。下りなきゃいけない山に何で登らなきゃいけないんですか?と言うのと同じような理論。

 

しかし、トップコートを剥がした後の爽快感はハンパない、と思っている。トップコートですらそう思うのだから、普段いろいろと爪に付けている場合はそれ以上の爽快感があるんだろう。それはちょっと羨ましかったりする。武装しまくった綺麗な爪から、ありのままの元の状態に戻るときが一番楽しいのではないだろうか。あのすがすがしさは、何にも代えがたい気持ちよさがあると個人的に思う。

 

これって登山にも同じようなことが言えるのかも。登るときがしんどいほど、下りてきた後の充実感が違うのかもしれない。体感している人だけが得られる喜びは、一番の醍醐味なのだろう。